X君が最初にセンターに来た時、彼は中学1年生。明るくて、発想力が豊かでスピード感があって、忘れ物はとても多いのですが本人ケロッと気にしない、そんな男子です。

あまりにも忘れ物が多いこと、直前のことでも覚えていられないこと、中学に入って試験前勉強はするけれどそれが試験の点につながらないこと、WISCを受けてみたら数値もあまりよくない、そのあたりの心配感から親子でご相談にいらっしゃいました。
聴覚チェックをして見るとかなりの聴覚過敏があり、感覚プロファイルで調べても様々な感覚に過敏がある。偏頭痛持ちでもあるので、頭痛外来に通っているとのこと。睡眠の質もあまり良くなさそうで、それはなかなか集中できないだろうなと想像がつきます。じっとしているのは相当苦手で、一緒にいても2、3分で体のどこかが動き始めます。

話を聴くのも集中が続くのは3往復くらいとかなりの短さ。学校のことなど話してもらうと、話はあちこち飛びますし、「そういえば、こうだったんですよ。ひどいですよね」と前置きも説明もなくポンポン話が出て同意を求めます。授業で何をやっているのかはほぼ覚えておらず、そもそも先生の話を聴きながらノートに書くことができないそうで、一生懸命聴いて、ガーーッとノートに書き、また一生懸命聴く、という、水泳のような状態で授業を受けているとわかりました。

感覚の過敏さから常に大量の情報を受け取ってしまい、その処理に大混乱してヘトヘトになっていることと、うまく情報処理がされておらず、特に短期記憶から長期記憶になかなか入りにくいことが、保護者からの聞き取りと本人からの聞き取りと本人の様子から見えて来ます。

WISCはその内容から、聴く力の弱い子には少し不利ではないかとここ数年私は考えていますので、DN-CASという「聴く力」をあまり使わずに認知能力を調べる心理検査でX君のIQを調べると、やはりこちらの数値の方が高く出ました。

本人はいたって陽気で元気で憎めないタイプです。話していても割と面白いしノリもいい。学校の様子からコミュニケーション能力も悪くない。テストの点から言われるほど能力が低い感じもしないし、ADHDの不注意優勢型と分類するのも違う気がしましたので、トレーニングを受けながら少し頻繁に通ってもらって、勉強などしながら変化を見ることにしました。

トマティスのトレーニングの効果は彼の場合かなり顕著でした。

1ヶ月くらいの間に、(1)集中持続時間が伸びた、(2)7回くらい言っても入らなかったことが3回くらいで入るようになった、(3)体を動かさないでもいられる時間が伸びた、(4)自分が疲れていることに気がつき始めた、こんな変化が見て取れました。

さらに2ヶ月くらい経つと、情報処理がだいぶ上ったのもあるでしょう、集中時間とじっとしていられる時間の伸びはさらに長くなり、自分の状態の認知は上がり、自分から「ちょっと休憩が欲しい」と言えるようになりました。さらに(5)聴きながら文字を目で追えるようになって来た、(6)聴きながらまたは喋りながら考えられるようになって来た、などの変化が出て来ました。彼の返事の短さと早口の影に、会話しながら考えることができていなかったことがあったとわかりました。会話そのものも当たり前に長く続くようになりました。ちょっと前に話していたことを確認してもちゃんと思い出せるようになりました。

もちろんいきなり全てがうまくいくようになったとか、全く忘れ物をしなくなったとかではありませんが、前よりもずっと楽に勉強に取り組み、暗記できるようになり、テストでも覚えたことを利用して答えられるようになったそうです。

集中力と集中の持続力の短い子たち、「聴く力」の弱い子たち、聴覚情報処理が苦手な子たちは、日々大変な苦労をしながら学校の授業に臨んでいます。X君のように自己評価が下がらずに済んでいる子は珍しいと思います。

そうした子たちの中には、感覚の過敏さを併せ持つ子もいます。30人、40人も人のいる教室の中に授業中居続けることは、聴覚過敏の子たちには大変な苦労です。嗅覚過敏の子たちにも体育の後の締め切った教室は苦痛でしょうし、触覚過敏の子たちに制服は硬くて辛い、そんなこともあります。視覚過敏の子たちはまぶしすぎる日差しや蛍光灯のチカチカが過剰な刺激のこともあります。味覚過敏の子たちは給食と戦い続けています。

過敏さが下がることで、彼らの日常はぐっと楽になります。トマティスメソッドは聴覚から脳にアプローチして、感覚の過剰さや苦手さを整える力があるのではないか、と日々のトレーニングを通じて私は考えます。