「スキップとローファー」という漫画を読んでいます。
読んだことのない新しい作家さんの高校生が主人公でど真ん中ストレートな漫画を読む、って「もういいんじゃない?」という思いが多少あって、話題になり始めた時にはスルーしたのですが、彼女が能登地震の後に能登支援をしていたので気になりました。
去年の12月にちょっぴり能登支援に行った時、珠洲市の本屋さんに寄ってもらったら「スキップとローファー」が並んでいて、ああ、彼女はここを知っている人で支援しているんだ、と分かって購入。そのまま読み続けています。
恋愛も出てきますが、女子グループの難しさもいっぱい出てきます。
それはもっと小さい頃、多分小学生くらいから始まっていること。
はみ出しているものは、低くても(足手纏いだと言われ)、高くても(威張ってると言われ嫉妬され)、グループから嫌われてしまうこと。

さてこのグループとは何か?
男子もグループを作りますが、心の成長が女子よりのんびりしてるので小学校ではあまり問題になることが少ないかなと思います。
なので主に女子。早い子は保育園幼稚園時代から始めます。
「XXちゃんは私のともだち。他の子と遊ばないで」「VVちゃんはあっち行って」「ZZちゃんが来ちゃったからあっちに行こう」という囲い込み。小さくても相当熾烈なことやってますよ。
自分だけの楽園を作りたい。そのために不要なものを排除したい。
という、わがままですが、これが小学校になっても続いている子が結構いる。
いや、中学、高校、大人になっても続けちゃってる人もいる。
スクールカーストって言葉が当たり前になってる世界はちょっと病んでいます。

グループには、中と外があります。
中の親密さは気持ちいい。
そして外がある/外敵がいることで一つにまとまる力が強まる、私たちはお互い分かり合える味方よ、みたいな感じ。
あの子は知らない、あの子には分からない、そんなもの「秘密」が増えるほどグループの結束力は強まります。
LINEのグルーブでみんなのアカウント以外に秘密の小さい仲間のアカウント作ってる人、その気持ちです。
国同士の喧嘩と同じようなシステムが成長中の子どもたちにも起きます。
平和であれば問題ないかというとそうでもなく、平和より大変な時の方が結束力が高まるので、そのために「外」も必要とするんです。
そしてそれがこっちを脅かすような存在だと中の集団性はさらに高まります。
場合によっては「攻撃が最大の防御」といじめに発展したりする。
「3月のライオン」という漫画では、主キャラクターのひなちゃんが中学で酷いいじめにあいます。
その前にいじめられてた子は学校に来れなくなって引っ越していっちゃいました、それくらい酷いいじめ。
いじめてる子たちには理論があります「だってこの子、みんなと違うし」。
自分たちが正義で、自分たちではないものには酷いことをしてもいい、という価値観は差別的でとても危険です。
差別の根本には、自分は上にいないといけない、という焦りがあります。
まだ子どもなのに。
自分一人の存在が、頼りなく、不確かで、価値があるかどうか分からない、そんな不安から女の子たちはグループを作り、他を排除して中の結束力を高め、より高い価値ある存在でであろうとする。このことが中学高校になるとスクールカーストと呼ばれるほどの価値観に膨れ上がる。

発達段階的に子供だけの小集団が必要な時期はあります。
けれどその次に進むはずのこの小集団の時期が、割と長い。
長い分こじれるし、パワーを備えてしまう。
それが今世界中で起きているのはなぜか、色々な人の話を聞き、色々な漫画を読みながら考えています。