書くことの苦手さについて

書くことが苦手、って、ずぼら、と見られがち。

本当に文字の認識が難しくて、覚えられないし書けない子もいる。
「うちの子は字が書けない (発達性読み書き障害の息子がいます) 」千葉リョウコ さんの名マンガエッセイ。アマゾンで試し読みできるのでご興味あれば見てみてほしい。

それくらい苦しんでいる子達と、普通に「漢字の書き取りめんどくさい」と思いつつもしぶしぶやってる子達の間に、努力や根性ではそれ以上できない子達が結構な数いると私は考える。

やる気がないのではなく、できないのでやる気になんてなれない子達は、やる気の問題だとされてしまい、大人たちは「どうすればこの子のやる気を出させることができるのか」と一生懸命考える。
それは実は違うんだ、と思うことがある。

子供の頃の私は運動がとても苦手だった。中学でしばらく腎臓が悪い時期があったので、体育も参加せずに済んで「ラッキー」と思っていた。
高校に入って腎臓はまあまあ良くなったので、体育に参加することにしたが、3年弱体育的に体を動かさなかった経験は、かなり大きな影響を体に残していたと気づいたのは50m走の測定のときだった。
早く走れないのだ。
一応全力で走っている。
けれど一緒に走っている子達はどんどん先に行く。
ゴールより前で息が切れる。
水の中を移動しているみたいな気持ちになる。
全力疾走で50mに10秒かかっていた。
オリンピック選手と一緒に走ったら、彼らがゴールの時に半分までも行けない私。

書くことの苦手さを強く持つ子供達って、多分私のこの経験と近いものを日々感じて疲れているのだと思う。
できないわけじゃない。
けれどスピードが全然違う。
求められているスピードには全く追いつけない。
そしてものすごく疲れる。

50mを10秒で走りきった私に体育の先生は「本気で走れよ!!」と怒鳴った。
髪の乱れや汗をかきたくないという理由から同じくらいのペースで走った女子もいたからだ。
彼女たちは本気を出していなくて50mを10秒。
私は全力で50mを10秒。

先生が頑張らせることは、子供によっては大変残酷なことだ、と私は知っている。

なので、一つ前のブログに書いたatacLabさん作成のURAWSS II 小中学生の読み書きの理解とURAWSS-English中学生の英単語の読み書きの理解を導入しました。

昔の私の記憶が、今困難を持つ子供達への共感の基盤。
あの頃は先生に説明できなかった分を、今の自分が代わりに説明してあげている、そんな気持ちで日々過ごしています。