聴覚過敏の仕組みはまだわかっていないことが多いのですが、私の15年間の観察と経験から言えることは、
「耳の良さは体質だが過敏さは状態である」
「過敏さはストレスや環境とのマッチングで上がったり下がったりする」
「現在感覚過敏が診断基準に入っているのは自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム/ASD)だけなので感覚の過敏さを訴えると診断として自閉スペクトラム症とされがちである」
の3点です。
ストレスやトラウマから聴覚過敏になっている場合でも、自閉スペクトラム症と言われてしまう診断基準になっていますので、ここは次のDSM(アメリカ心理学会が出している精神疾患の分類と診断基準)で変わって欲しいと私は考えます。

家庭教師枠で見ていたBさんは当時高校2年生。不安が高く、新しい環境に馴染むまでかなり時間がかかるタイプです。
1年生入学の時も、1学期の間は新しいクラスにいることが不安で、転校まで考えるほど苦しい思いをしました。
徐々に打ち解け、少しずつ話をするクラスの友だちができ、うちのクラス最高です、と言えるようになった3学期が終わって、2年の新学期。
仲の良かったメンバーが全員他のクラス、彼女だけがポツンと別なクラスという厳しいクラス替えで、絶望。
悲しみと怒り、自己肯定感の低下、無力感。
不安と鬱っぽさも上がり、聴覚過敏も酷くなりました。

クラス替えが本当に、と泣きそうになるのを堪えながら話す彼女の状態には、聴覚トレーニングだけでは足りません。メンタルケアと体からのアプローチが必要でした。

気持ちを閉じ込めることなく言葉にして外に出すこと、それは中の苦しさを下げる方法の一つです。
対面で語ってもらうだけではなく、ノートにその日の気持ちを書き出して、1日のストレスを溜め込まないようにする方法を取りました。
無力感に対しては、あなたが学校を変える権利もあるのだ、と親や学校のことを優先して考えてしまう彼女の思考の固さをリフレーミングしていきました。これはあなたのチョイスだ、あなたの人生の主人公はあなただ、大人になろうとする時期なのだから自分のことは自分で決めていいのだ、と、彼女の感情や思考のサポートをしていきました。

体は強張って息がしづらいほどでしたので、手軽にできる緩める方法を伝えました。
両方の手のひらで自分の喉の下あたりを触って暖かさを感じること。
感じたらその手をゆっくり胃の上あたりまで撫で下ろすこと。
撫で下ろしながらゆっくり息を吐くこと。
少し落ち着いた感触を一緒にやって感じられたら、1人でもできることに入ります。通学中でも学校でも家でも、苦しくなったらやってもらうことにしました。

彼女は触覚もとても敏感なので、こんな時は触覚からのアプローチも使います。
掌サイズのストレスリリーサーを持たせてみました。高校一年に入った時のストレスにはこれがとても良い効果があったのですが、今回はこれでもおさまりません。
両手で握れるサイズのハート型のYogiboをセンターに置いてあったのでそれを持たせると、
「あ、これ、いいです」と両手でゆっくり揉み始めました。
「音が、素敵です」と彼女が言うので耳を傾けると、握ったり離したりすると小さな小さなカサカサというかサラサラというか、中身が擦れる音がかすかにします。
こんな小さな音が心地よいと感じる彼女の耳に、教室の喧騒は厳しいだろうなあとしみじみ思う、小さな小さな音でした。

1年の時の仲良しさんたちや部活のメンバーの助けもあってなんとか4月を乗り越えて、ゴールデンウィークで一休み。中間試験を乗り越えて5月が終わる頃には、笑顔も見えてきました。

「大学に向けて気持ちを切り替えました。勉強したいことがあるので。そのための手段として高校はこんなものかなって」
と語るBさんは、少し吹っ切れた様子で、不安そうなおどおどした感じがなくなりました。
聴覚過敏も普段の日は気にならないくらい、我慢し過ぎたり疲れたりすると強くなると自分で分かったそうで、音がきついと感じた時はその日の予定をキャンセルしてたくさん寝るようにしているそうです。

ストレスや環境で聴覚過敏の状態は変化します。
酷くなった時は体と心の緊急事態。急いで対処して神経系を落ち着かせることが本当に大事です。

笑顔のBさんを見て、心からよかったねと思いました。