F君は年長さんの春にセンターに来ました。
ママは「すごく繊細で、大変です」とこっそり伝えてくれました。それから「お受験なんでお教室にも通ってるんですけど、落ちた時にショックを受けるかなと思ってはっきり伝えていないんです」とも、こっそり伝えてくれました。

ママからこっそり伝えられたことだったのですが、やってきたF君は「ママが何か僕に言えない大事なことを隠している」ことにはとっくに気がついている様子でした。
不安感も強く、一緒にいる間は「ママ見てて」とずっとママが彼のやることを見ていることや「ママ代わりに言って」と彼のあれこれを手伝うことを強く求め続けていましたし、ママが話す内容にも「それは話さないで」「それは言わないで」など厳しく検閲をかけていました。ママの肩によじ登ったり、ちょっとしたことでママを蹴ったりとやや暴力的。小さい音にも敏感で、聴覚チェックの結果はかなり聴覚過敏の状態でした。

お受験の年の子、つまり6歳前後の子の中には、まだ大人が何を考えているかなんて全く思いもせずに楽しく遊んでいる子もいれば、ものすごく色々理解していて大人の嘘なんて簡単に見破っちゃう子もいます。F君は後者、WISCの結果にも出ていましたが「言語理解」と「知覚推理」がとても高いタイプ。こんな子には隠し事は通じません、隠すと逆に大人に対する不信感が高まるだけです。

ママは「落ちたらショックかもしれないので受験するとは伝えていない」と言っていましたが、彼には全てはっきり伝えた方がずっと良かっただろうと私は思います。
伝えるとしたら。
「小学校にはいくつか種類があって、誰でも入れる近所の学校と、テストみたいなことをして入れる人を選ぶ学校があるの。F君はお勉強や色々考えるのが好きだから、そんな学校にチャレンジしてみる? どんなに頑張っても絶対入れるとは限らないから難しいんだけど、入ったら楽しいかもしれないし、入れなくてもやってみる価値はあるかも」

これくらい伝えてあげていたら、F君は2年くらい続いた「ママが僕に隠し事をしている」状態にさらされなくて済みましたし、通わされているお教室でやることにも「なんでこんなことをしなくちゃいけないの?」と思わずにもっと積極的に参加できたかもしれません。

後悔は先に立たず。
でも、どんなことでも、後から取り返しのつくことはたくさんあります。

F君とママ、二人のストレス低減と、F君の聴覚過敏ケアと、二人のコミュニケーションに入ってしまったヒビの修復を目的に、聴覚トレーニングとセンターでのセッションを約一年。
センターでの二人のやり取りを見せてもらって、「ここはこうしたら」「こんな時はこう言ったら」「ここで大人は意地を張らずに」「ここでどうして欲しかった?」などフィードバックし、ママにもF君にもどこでうまくいっていないのか気がついてもらったり、時にママだけに来てもらって彼がいると話せないあふれる思いを聴かせてもらっていたわったり。

そんな風に気持ちのケアもプラスしながら聴覚トレーニングを受けるうちに、F君の「ママ見てて」と言う言葉がするすると減っていき、ママが話す言葉の一つ一つを聞き逃すまいとそばだてていたF君の耳がママの話から自然に離れて、自分の遊びに楽しく集中していくようになりました。当たり前に自分の言いたいことは自分で話してくれるようにもなりました。
ここまで安心感が高くなると気持ちのケアも一段落です。気持ちが緩むのとシンクロして、F君の聴覚過敏も緩和していきました。